向島にある立花テキスタイル研究所でモノづくりに取り組む、染色研究家の新里カオリさん。
「地域のいらないものを資源に」をモットーに、ゴミを資源に変えていく物語です。
映像コンテンツ(YouTube)
染色研究家である新里カオリさん。
尾道帆布をベースに、産業廃棄物など捨てられてしまうものを染料として有効活用するのがコンセプト。
「染色やテキスタイル全般で、『ごみ』を『資源』に変えるのがテーマです」と語ります。
尾道市向島で、ゴミを資源に変えるモノづくりを行う、染色研究家の新里カオリさん。
伝統ある尾道帆布を使って、地域の人と地域の材料で製品を作っています。
「地域の人たちと環境にやさしいものを作ることで、「ごみ」が減ることを実現したい」と語ります。
本来捨てられていたものを利用して製品を作り出す、染色研究家の新里カオリさん。
動物や自然に囲まれて、お互いに自然と一緒に生きる暮らし方を実践している。
「アナログな暮らしで自分たちの暮らしやすさを探るのが面白い」と語ります。
暮らしのてまひま
循環型染織研究家 新里カオリさん
埼玉県出身。武蔵野美術大学大学院造形研究科テキスタイルコース修了。広島に観光で訪れた際に、友人のお母さんに尾道を勧められ、地場産業の尾道帆布を知る。帆布を使ったお土産づくりの相談を受けてボランティアで制作や広報を手伝うことに。2008年に尾道に移住、株式会社立花テキスタイル研究所代表取締役として、「地域のいらないものを資源に」をモットーにものづくりに取り組む。
鉄鋼所で鉄板を切る際にでる鉄粉、家具屋さんや農家さんから出る木っ端、牡蠣の殻。
どれも一度は不用なものとして見放されたものたちを、「染色技術を通して、もう一度資源として捉え直したい」とものづくりに取り組む新里カオリさん。尾道大橋を渡り、向島にある立花テキスタイル研究所を訪ねました。インタビューを終えた後、緑と茶色の2色で構成されていた山の景色が、カラフルなものに見えてきました。
「染色という技術で、ごみを資源に変えていきたい」
取材に伺ったときは、今年3月のリニューアルに向けて準備中。
新たな立花テキスタイル研究所もこれまでと同じ向島にあります。
眼下に海、背中に山、周辺は民家もあり、向島の生活に溶け込める場所です。
ショップ兼アトリエで、作品が生まれる瞬間に立ち会えますし、スタッフの方に作品を説明してもらいながらお気に入りを見つけることもできます。
今後はカフェも併設されるそうです。
研究所で作っているのは、帆布をメイン材料に、染色材料に農家や家具屋さんで出る木っ端、造船所で出る鉄の粉、柿農家さんの副産物である柿渋など、地域の廃材などを使った染め物。バッグやポーチ、ペンケースや帽子などの小物類があります。染色材料の開発も。
染色材料は、捨てる予定だったものを有効活用しています。
さらに、地域の農家に綿の栽培を委託するなど、地域で生まれたものを材料にし、地域雇用を生む取り組みも。綿はふわふわのところは糸に、茎も染色に利用します。
「染色という技術で、ごみを資源に変えていきたい」という思いを託した布の色は、色を出すために材料を集めるのではなく、暮らしの営みを受け入れた優しい色。桜で染める場合、色素量が一番多い3月の桜を欲しがるのではなく、桜を剪定する10月の桜を桜の色として受け入れて表現します。
デザインは、行き交う船、海に浮かぶブイ、瀬戸内の温暖な気候で育ったレモンなど、瀬戸内の風景をモチーフにしています。横長のバッグ「ボート」で風景を描きたくなります。
ごみにならないものづくりに、伝統工芸を残していく
ごみとして捨てられてしまうものを価値ある資源として見直す、その発想の原点は学生時代にありました。
「作れば作るほどごみになる」ものづくりが嫌になった時期があったそうです。
「でも、ものを作ることは好き。これを打開するために、廃材の活用や地域雇用につなげていかなければいけない」と考え、それを染織という技術で挑戦しています。
材料は瀬戸内のもの、できれば広島県のもの、尾道市、向島のものを調達することを心掛けています。
それはコスト面でも運搬エネルギー面でもメリットがあり、これからの時代に即しているとも。
「地産地消はキレイごとでなく、それしかできなくなる社会になるはずです。私たちは足元にあるものを大事にする時代に突入していると思うんです」
足元にあるものを使うことで、草木染めという伝統工芸を受け継いでいこうともしています。
「日本では伝統技術が毎秒毎秒で消えているんです。一度消えたら終わり。現代的な技術を取り入れながら、とにかく継続していかないといけないと思うんです。生産効率ではなく、暮らしの中で作りやすい環境を私たち世代がつくっていく必要があると感じています」
土さえあれば生きていけると、あの頃の自分を取り戻しに
新里さんは今、研究所近くで動物とともに暮らしています。
現在の家は、元みかん小屋だった納屋。
手を入れやすい、改造しやすい土壁の家を選んだそうです。
電気や水道もなく、お風呂もトイレもない。井戸の水を沸かして入浴、トイレは水を流さずに微生物の力で排泄物を分解するコンポストトイレ。
新里さんは幼稚園のときにくみ取り式トイレの肥料に生かす仕組みを知って強烈に共感し、くみ取りのトイレに憧れていたそう。
念願がかなったそうです。
大学院を卒業後、東京で働きながら尾道に通っていた新里さんが、尾道への移住を決心した瞬間がありました。
それは東京の新宿を歩いていて、散った桜を見て桜が咲いていたことに気づいたとき。
「桜が咲いていたことにも気づいていなかったなんて。このままでは自分が壊れてしまうと思いました。私はこんな自分になりたかったの?って」
幼少期は母方の祖母と暮らし、山菜を教えてもらったときには、地球上に食べるものがこんなに生えているなら私は死なない、土さえあれば生きていけると確信。
夏休みの1か月は岩手県のある父方の祖母の家に。
つりを教えてもらって、食べ物を自分で手に入れることができる最強な気持ちに。
着るものも自分で作るために裁縫を教えてもらったそうです。衣食住のことは自分がしたい、そんな気持ちを忘れていた気づきが、移住を後押ししました。
新里さんのてまひま
一緒に暮らしている動物は、羊6頭、犬1匹、アヒル2羽。豚2匹、鶏5羽。
羊はウールづくりと草刈り、犬とアヒルはパトロール、鶏は卵と肉、豚は残飯処理。全員に役割が明確にあります。
こちらも念願がかなったわけですが、動物と暮らすのはお世話が大変なのではないでしょうか。その答えは、予想外のものでした。
「もし、豚がいなかったとしたら、生ごみが出たら水気を切り、ごみを出す日までにおいがでないように工夫して、その日に重いごみを運ぶ。豚がいることで生ごみをすぐに食べてくれます」。
新里さんにとって、ごみを捨てる生活の方がストレスで、「彼らなしでは暮らしが成り立ちません」と言います。
「豚が無理なら鶏、鶏が無理ならウズラがおすすめ。ベランダでも飼えますよ」と勧めてくれました。新里さんのお話を聞きながら、自分がいかにありがちな考え方にとらわれているかを痛感しました。
「山を見ると、その色は茶と緑ですよね。でも煮出して染色すると、ピンクベージュや明るい黄色、漆黒の黒になったりするんです。そんな色を秘めているなんて面白いですよね。肉眼で見えているのものがいかに限られているかがよく分かります。地球はまだ知らないことだらけ。いろいろ気づいて楽しみながら広げていきたいと思っています」