イタリア料理「ラ・セッテ」のオーナーシェフである北村さん。
「料理はおなかを満たすものではなく、心を満たすもの」と考え、日々新たな挑戦を続けていく物語です。
映像コンテンツ(YouTube)
イタリア料理「ラ・セッテ」のオーナーシェフを務める北村さん。
食材も豊富で自然も感じられ、良い環境の中で料理が作れると思い、29年前に広島に移り住まれました。
お客さんが楽しんで笑顔で食事をしてくれることを第一に目指して、新しいことに挑戦されています。
休日も食材探しに動き回る北村さん。今年の春から自身で畑をはじめられました。
「広島でしかできない発想で、広島でしか作れない料理を作っていきたい」という北村さんの物語です。
暮らしのてまひま
北村英紀さん
イタリア料理 La sette(ラ・セッテ) オーナーシェフ
石川県出身。高校卒業後、東京で6年間、フランス料理を学ぶ。1993年からホテルサンルート広島、97年から同ホテルのトラットリア「ヴィアーレ」料理長。2000年、イタリアの料理学校を経て、ヴェルドゥーノ村のリストランテ「リアルカステッロ」で修行。04年、イタリア料理「ラ・セッテ」を開業。
広島市中区広瀬北町、大通りから筋を1本中に入った静かなエリアにイタリア料理「ラ・セッテ」はあります。
入口いっぱいのガラスの扉をゆっくりと開けると、すぐに気付いてくれたスタッフの方に中に案内されました。
オープンキッチンを横目に見ながら角を曲がると…、想像以上の大空間にたくさんの笑顔。
今回は「料理はおなかを満たすものではなく、心を満たすもの」というオーナーシェフの北村英紀さんを訪ねました。
広島のじかんは自分に合っている
北村シェフの取材はランチタイムが落ち着いた14時半から。前日の夕方、急に思いついてランチを予約することに。ディナーが始まる前という忙しい時刻に電話をしてしまい申し訳なく思いながら、受けてくださった方の穏やかな声にほっとして予約を終えました。最後に「北村がお受けしました」とのこと。電話を受けてくれたのは北村シェフだったのです。
そして取材日、通されたホールは入口からは想像できない開放的な空間。お客様の笑顔があふれ、食事を終えて北村シェフと会話を交わすお客様のうれしそうな声が響きます。
こちらのお店のコンセプトは、「わが家のおもてなし」。「レストランをつくるよりも、家をつくって家に人をお招きする、という感覚でお店をつくりたかったんです。わいわいと会話をしながらお食事していただける、明るいお店を目指しています」という北村シェフの言葉に納得しました。
石川県出身の北村シェフが広島にやってきたのは1993年。
東京で一緒に料理人をしていた人に誘われて、サンルート広島に入社。
東京にいたときから「石川県の田舎育ちだった自分にとって、仕事や生活する場所は地方の方が合っているなと感じていた」そう。
その場所がたまたま広島になったわけですが、「いい出会いがあり、人を含めてどんどん広島が好きになっています」と言います。
独立してお店を開こうと思ったのも、CASA建築計画の山嵜雄二郎さんとの出会いがあったから。
「山嵜さんにお店をつくってほしくて。その方がいなかったら、自分の今はなかったと思います」と語ります。
そして、広島の食材の種類の豊富さ、鮮度の良さも魅力とのこと。
「イタリアンは素材をいかす前提で料理を作ります。その食材がどんな土地で育って、どんな人がどんな思いで育てて収穫したのかを聞かせていただくことで、野菜の使い方も変わってきました。
でもオープン当初は忙しくて、今とは少し違っていました」と話します。
お客様にも、生産者さんにも喜んでいただきたい
そんなお話を聞いているとき、後ろのテーブルの方から北村シェフに声が掛かりました。
「今日もおいしかった、ありがとう」「来てくださってありがとう」と、感謝の言葉が行ったり来たり。
なんと、祇園パセリの生産者さんとのこと。
「生産者さんから美味しい食材をいただき、それがどんな料理になって、どんなふうにお客様の口に運ばれているのかを見ていただきたかったんです。料理人としてお客様の声にこたえるのはもちろんですが、生産者さんにも喜んでいただきたいという気持ちの中で料理を作れるようになったのが、昔と今の違いです」
北村さんの料理は、素材があってこそ。
「料理でできることは、さらにおいしくする上乗せの部分」と言います。
素材が持つおいしさが大きければ、手をかけてなくていいのではなく、持ち味を生かす料理でおいしさにつなげやすくなります。
しかし、素材のおいしさが低い場合は手をかけることになり、それが素材の味を壊してしまいかねません。
「素材をいかし、そこに技術や経験、気持ちを載せることで一皿に仕上げていきたい。料理はおなかを満たすものではなく、心を満たすもの。そんな料理が目標です」
そう話す北村さんは、今年から、祇園パセリの生産者さんに畑を借りて、トマトやバジル、ズッキーニなど11種類の野菜を育てています。
「農業はまだかじったばかりで、楽しいばかり。種を植えて、芽が出て、花が咲いて、実がなって収穫するというプロセスは単純だけど、収穫しようとしたときに害獣被害にあったり、台風がきたりで一つの食材が私たちのまな板の上にくるまでにさまざまな困難があります。野菜を育てるようになって、いい野菜には苦労があることがよく分かりました。料理も同じで毎年苦労して変化させないといいものができてきません。今53歳、この年になって知らないことがあり、発見があるのはうれしいことです」と目を輝かせます。
笑顔のために、新しいことに挑戦したい
仕事に畑に忙しい毎日。その毎日、誰よりも早く出勤します。
タオルをたたみ、まな板を洗って、アルコールで台をふいて。
「人よりも努力しないと料理がうまくならない、もっとできることがあるんじゃないか、若いころのそんな感覚がずっと残っています。追い込まれてこそ力を発揮するタイプだから」と笑います。
だからといって、若い人は早くきて準備するべき、シェフだから洗い場しないでいい、という感覚はありません。
「できる人ができることをすればいい。本人が自分に必要だと思えばすればいいし。何に気づいてどうしたいかです。なによりも、苦しい顔よりも楽しい顔をして仕事をしてほしい。自分の気持ち一つで相手が気持ちよく仕事をしてくれるのはうれしいことだから」。
このお店の気持ちよさにつながっているのだと感じました。
北村さんのこれからの目標は、「新しいことへの挑戦」。
「料理面では、これまで自分が大事にしてきたことを突き通す部分も持ちつつ、若い人の発想も勉強していきたい。そして広島を走り回って、広島の今まで見つけていない食材を見つけて、広島でしかできない発想で、広島でしか作れない料理を1品でも2品でも完成させたい。秋には畑に新しい野菜を植える予定です。畑に行ってメニューを考えたら、面白い料理が見えてきそうです」。
「ラ・セッテ」は、2022年10月で19年目。まだまだ新しい料理が登場しそうです。
北村シェフのてまひま
忙しさの中でこそ新しい発想が生まれるという北村さん。
そんな北村さんがほっと一息つくじかんをお聞きすると、「家で料理をすることですね」という答えでした。
家に帰ったらまずキッチンへ。
冷蔵庫をのぞいて、あるもので作りたいもの食べたいものを作るそうです。「ゴーヤをチャンプルにしようか、チーズがあるから…そのまま食べようかなとか。肩の力を抜いて、ワインやビールを飲みながらつくります。癒やしのじかんですね」とのこと。その料理が上の写真です。
好きなじかんで一日を締めくくれたら、明日も笑顔で過ごせそう。
そして、こんな料理が食卓に登場したら…もっと幸せが膨らみそうです。